千本通りってどこからどこまで?由来やエピソード!

こんにちは!

京都のいろいろについて紹介していく第1弾目です、よろしくお願いします。

と言う事で今回は京都の千本通りについての記事になります。

なぜ京都紹介の1回目が千本通りかと言われますと、平安京の時のメインストリートだった

朱雀大路が、今の千本通りだったので(今のメインストリーは烏丸通ですけどね)!

それに京都に住んでいながら(だからこそ!)名前の由来は何だって考えた事が無かったので、

色々調べてみると「なるほど!そうなんだ!」と言う事で!

千本通りはどこからどこまで?

千本通りは京都を南北に走る幹線道路のひとつです、

京都に住んでいてもどこからどこまでと聞かれると「????」なんですよね。

先に答えを言えば

北は北区の鷹峯の源光庵(正式名称;鷹峯山宝樹林源光庵/悟りの窓と迷いの窓が有名です)から

南は以外に淀城跡の近くの納所町までのおよそ17.5㎞の結構長い道なんです。

元々は平安京の朱雀大路と重なっていますが、朱雀大路はJR二条駅あたりから途中寸断されますが

九条通りの羅生門跡までの約4㎞の大路です

羅生門の模型が京都駅の東側にあります

千本通りの画像案内は最後にします。結構長い道のりですから!!

千本通りの名前の由来?

千本通りの名前の由来は調べるまで、正直気にもしなかったんですが調べれば結構深いんです、

京都のその時代背景やいろんな寺院の話が絡んできて来ますので、おいおい紹介していきます。

 

今回はいくつかある説で、一番説得力がある説を紹介します。

ちょっと怖い名前の由来

平安時代は死者はそのまま地面の上にさらして置くのが一般的な風葬でした。

死体が腐って土にかえると言う考え方ですね、

でも匂いやカラスがツンついている情景を想像したらちょっと怖いですね。

この死者を風葬の地のひとつが「蓮台野」と呼ばれる場所が、

今の船岡山の北西千本鞍馬口あたりになります。

あまりにも悲惨な光景に卒塔婆(木で作った細いお墓の様なもの)を千本立てて

死者を弔ったことから千本通りと呼ぶようになりました。

なので千本焔魔堂はこの「蓮台野」入口あたりにあります。

 

ちなみに東の風葬地は「鳥辺野」で今の清水寺から大谷本廟あたりで、ここにはあの世とこの世の入り口の

六道珍皇寺(ろくどうちんこうじ)があり、

西には「化野(あだしの)」があり今の嵯峨の奥の小倉山の麓あたりで化野念仏寺があります。

千本通りを鷹峯から納所町まで

では千本通りを画像と共に紹介していきます。

まず北区の源光庵あたりはこんな感じです!

ここが北の端で今回のスタート地です。

ここからは1車線の下りの道ですが市バスも走っています

ここは古い道なので老舗や昔ながらのお土産屋なんかもある通りです

北山通りまで出ると右手(西側に佛教大学があります

 

北大路通りを過ぎると片側2車線になります、緩やかな下り坂です。

この近くに千本焔魔堂などがあります

さらに下がって御池通まで来るとJR二条駅がありこの北側に朱雀門があった碑がたっています。

JR二条駅にはその説明の看板もあります。

さらに下がって三条通から左に曲がっていきますが、実はこれは千本通りでなく御院通りと呼ばれる道で

千本通りはその右側の細い道になります、南への一方通行です。

この右側(西側)には立命大があります。

五条通まで来るとそこはJR丹波口で京都中央市場でその東側の道になります。

さらに南下して七条通で一度道が途切れてしまいますが終わりでなく、

八条通りから新たに始まります、

京都駅があるためJRで一度途切れてしまう道が他にも烏丸通なんかもありますが、

八条から再び始まります。

JRの線路を越すと左手に(西側)東寺があります、昔は西寺もありましたが今は東寺だけが残っています。

この辺りが羅生門があった場所になり九条通りを西に歩いていくと

九条千本通りにひっそりとその碑が公園の中にあります。

ちょっと見つけにくいですが、

九条通りの北側に小さな神社がありその横に公園があってその中に碑だけがたっています。

門は京都駅の模型でイメージしてください

それではさらに羅生門跡の前の千本通りを南下していきます、ここも南向きの一方通行です。

 

 名神高速をくぐり鴨川を渡り(ちょっとここがややこしいです)すぐ鴨川沿いに走ります

正直本当にこの道が千本通りと思ってしまいますが、標識にはしっかり千本通りと書いて有るんです。

京都の地酒の酒蔵がありました。

本当にあっているのか不安になってくる道ですが進んでいくと住宅地へと!

不安な気持ちのまま進んでいくと南の終わりの地です納所町と言う場所です。

お疲れさまでした!!

京阪淀駅のすぐ近くです。

終わりにひと言

如何だったでしょうか?

名前の由来と千本通りの端から端までを紹介してみました、

調べたり行ってみると色んなことがあって、いろいろ書きたいことがありました。

機会を見て更新追加記事を書いていきます。

 

本当に走ってみて本当にこの道で合っているのと言うところが幾度もあり、

ここまで千本通りとしなくてもいいんじゃないか?とも感じたりしましたが、

歴史上の事を少し調べてみると納所町は大阪からの船荷を下した場所のようで、

ここから京都の中心地への重要な街道だったのかと考えると

千本通りでもおかしく無いなぁといろんな発見がありました。

これからも京都を案内するには神社やスポットだけでなく道の成り立ちも面白いと思う今回でした。

 

最後までお付き合いありがとうございました

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